こちらは北部九州にある盆地「日田」です 古代にあった阿蘇からの送り物 小野川埋没樹林
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古代にあった阿蘇からの送り物 小野川埋没樹林
先日、家族で阿蘇に田楽を食べに行きました。ついに日田以外のネタか!
違います。
阿蘇と日田は切っても切れない仲なのであります。
この話は田楽を食べながら思い出したのであります。

田楽  阿蘇外輪

焼き物の里小鹿田・皿山へ向かう途中に鈴連町・下小竹地区があります。
ココを流れる小野川の川底に黒い樹木が眠っていたのをご存じでしょうか。
それらは小野川埋没樹木と呼ばれています。

小野川埋没樹木の調査
日田市立博物館内のパネル

昭和15年頃、下小竹橋建設の際に大量に真っ黒な樹木片が発見され埋れ木(うもれぎ)と呼ばれます。
平成3年の台風で大水が発生し川底が現れ、樹木の一部が地元住民に発見されます。
平成18年、県道宝珠山日田線改良工事に伴う調査が行われる事になり平成20年、22年に発掘調査が行われ、合計300点におよぶ樹木が発見されました。
一連の調査でこの埋れ木は阿蘇4火砕流の影響で埋没した事が確認されました。
樹木の大半は、表面が黒く炭化しており、樹木表面に火山礫(れき)が刺さっているものもありました。
樹木の断面は扁平に変形しているものが大半で、火砕流により運ばれている間に熱で炭化し、その圧力で変形したと考えられます。
実物を触ってみると、木とは思えない硬さでした。

埋没樹木 展示1  埋没樹木 展示2
日田市立博物館に展示されてある埋没樹木

火砕流とは、雲仙・普賢岳での記憶が新しいですが、火山現象で生じる溶岩以外の高温な火山砕屑物(火山灰や軽石など)と火山ガスが混合して流れ出すもので、ガスを含む為に地面との摩擦が少なく、流れ下るスピードは100km/時を超えることもあり、その温度は数百度以上!

阿蘇4火砕流とは、阿蘇山では約30万年前から約9万年前までに大規模な噴火が4回ありました。約9万年前に起きた4回目の噴火(Aso4)が最も大きく、その4回目の噴火での火砕流をいいます。

火砕流は九州中央部を覆い一部は海を越え山口県にまで達し、火山灰は北海道に至る日本全土の他朝鮮半島でも確認されています。
それらの大規模噴火で地下から大量の火砕流や火山灰を放出したため、阿蘇は巨大な窪地(カルデラ)が形成されます。

堆積範囲 阿蘇4火砕流の堆積範囲 産業技術総合研究所HPより

阿蘇4火砕流で出来た埋没樹木が小野川以外でも発見されています。
日田市北部の伏木地区でも発見されていますが保存状態が良くなく、数も発見されていません。
有名なのは佐賀県上峰町にある八藤遺跡です。
畑の約3.5m地下から埋没樹木が出土しており、長さ22m、直径1,5mもの巨木を含む1,500点を越えます。
巨木は西の方に倒れており、発生した火砕流は阿蘇山から日田盆地を経由して一部はそのまま北九州方面へ流れ、残りは筑後川に沿って西に下り、八藤遺跡まで到達したと考えられます。
調査の結果、火砕流の温度は約400℃の高温で、噴火当時の気温が現在より5~6℃低かったなどが明らかになっています。

阿蘇4噴火の発生時期は発見されたヒノキ科の分析により10月から翌年の4月頃までと推定されます。これは小野川も八藤遺跡と同じ検査結果です。
よって、小野川も八藤遺跡も同じ噴火で埋没樹木が出来たといえます。

火砕流の流れ 阿蘇4火砕流の流れ(Yahoo!地図より)

小野川の埋没樹木は火砕流によってなぎ倒された森林が、小野川まで運ばれ小竹地区に堆積されます。小野川のは違う場所の樹木が運ばれており変形しているのが特徴です。
八藤遺跡のは樹根が残っており、樹木も原型を残していることから現地の樹木が埋没したと考えられます。
阿蘇から小野川までの距離は約60Km。阿蘇から日田を経由して八藤遺跡までが約100kmの距離。
この距離の差が被災状況の違いと考えられます。

日田博物館  日田市埋蔵文化財センター
日田市立博物館1階の展示スペース         日田市埋蔵文化財センターに
                                展示してあるヒノキ科埋没樹木


日田は動植物が破滅して、火砕流に覆い尽くされ、焼けの原と化したのが想像出来ます。
小野川での埋没樹木を含む阿蘇4火砕流堆積物は高さ2mを越えます。
日田市全域を火砕流が覆ったと考えていいでしょう。

小竹橋
前方の橋は下小竹橋、右は説明文 小野川上流方向、小野谷を望む

今から約90,000年前、阿蘇4火砕流が発生する以前の日田は、現在と同じ盆地でした。
埋め尽くされた火砕流により盆地は川の流れがせき止められ、流れ込む水や雨により一時的に湖となっていましたが、現在の夜明関町から流れ出た水が筑後川の流れを生む事になります。
日田ではやっと約34,000年に人が生活した痕跡が残されています。

下小竹橋への地図


参考 小野川の阿蘇4火砕流と埋没樹木が語る9万年の世界 日田市教育委員会
    日田市立博物館
    日田市埋蔵文化財センター

2014年5月9日 写真追加
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コメント
写真
小野川にしずんじょった、火砕流におうた 木。あれは、そん写真のときにおては 見にいったばい。
スゴい状態やった。たまがったです。小野さみ そんこつで登るとなら なんのきなしに、そん木のひとつが、あげなとこに入れチャルというとこがありました。

 それを、ここじ書くと 大事なき、また おうたときなっと 話さしあげますばい^^タマガルばい
[2013/04/25 00:09] URL | 綿吉 #bxvF113M [ 編集 ]

Re: 写真
そうでしたか(・o・)
今度の楽しみにしときます!
[2013/04/25 06:17] URL | 日田んもん #- [ 編集 ]


おてはこの記事はむかしネットで見た記憶がありまっせw。へぇ~と思い記事ば読んだ記憶あり。
1980年にワシントン州のセントへレンズ山が噴火したときに 車の鍵にささった木の葉が化石化したのが見つかったそうです。化石とは昔は長い時間かけて化石になると習った記憶が歩けど 今ではある温度と圧力がかかると数日で化石になると読んだことがあります。その証明がかぎにささった葉の化石だそうです。
アリゾナ州にペトリファイド フォレスト国立公園(Petrified Forst National Park)があります 化石の森公園と呼ばれる場所が。ここは大木が化石になり地表にに横倒しになった化石の木がごろごろしてますよ。もしかしたら日田の木も高温と火山灰の圧がもっと強く影響してたら 化石になってたりしてね。このような公園は世界で3箇所しかないときいてます 南アフリカとアリゾナ州と後一つは覚えてませんw。3番目に日田がなったりして 残念w
[2016/10/13 09:36] URL | いいた くない #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし
そうでしたか、ありがとうございます。
最近、日田の博物館がお引越しして立派になりました。そこに標本があります。
日田も古代ロマンの話で盛り上がるといいですね~
[2016/10/13 21:21] URL | 日田んもん #- [ 編集 ]


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