こちらは北部九州にある盆地「日田」です 放置にもホドがある 普門寺(前編)
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こちらは北部九州にある盆地「日田」です
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放置にもホドがある 普門寺(前編)
牧原の千人塚の後、何処に先に行こうか悩んだのですが、近場から攻めることに。

琴平町に  この路地を進む

ここは琴平町を通る市道平原捨ノ平線です。って平原と捨ノ平て何処やんねん(◎_◎;)
とりあえず、琴平町を通って大宮町と誠和町を結ぶ大字高瀬の中に収まる市道です。
左上の写真は西を向いていますが、左に回れ!をして南を剥くと細い路地があります。

石畳の細い路地  これがお寺?

石畳の細い路地を向けると視界がひらけます。
その中央に古い小さな建物が。倉庫にしか見えませんが。。。

看板が落ちてる  説明看板やん

建物に向けて歩いて行くと、看板らしき物が落ちています。
ひっくり返すと、何と説明看板じゃないの!酷いな、、、とりあえず全文を書きましょう。

普門寺ふもんじ
広瀬淡窓はは寛政六年(1784)十三才のときの思い出に、これまで訪れた名勝寺社で隈川の南では越原観音・鬼ヶ城観音・釜淵・穴平・普門寺・護岸寺等をあげている。これらの所ではその後も知友門弟と何回も足を運んで詩を詠んでいる。文政二年(1819)四月の遊歩では普門寺に征西将軍宮の墓をたずねたが庵主(尼僧)が不在だったので
 尋ねんと欲す王子の塚、たまたま過ぐる女僧の家
  閑庭人見えず、一樹合昏(ねむ)の花
と詠じている。
広瀬淡窓先生生誕二百年記念 
 昭和五十六年十一月


ということで、ここは普門寺というお寺があった事がわかります。
そう。普門寺が今回の目的地です。尼さんがいたんですね。
なぜ、普門寺に来たかというと、案内文にもある様に征西将軍宮の墓があるらしいいからです。

詩を詠み下し文がありましたので、拝借して載せます。
皇子の御墓を訪ねんと 尼の庵に立寄れば 庭は静かに人もなく ただねむの木の花烟る

西側  東側

看板が立っていた柱を中心に東西を写真に撮ってみました。
今は面影がないですが、当時は広い境内があった事が感じられます。

建物へ  額が

正面の建物に近づいてみましょう。
引き戸の上に圓通山と書かれた額が掲げられています。
正式名は圓通山普門寺ということですね。
って事は、この倉庫みたいな建物がお寺の本堂ってこと??

引き戸の左に看板が  解説板だ

引き戸の左側には説明版があります。
それには・・・・

日田市指定重要文化財
 開山頂相
   (昭和四十七年六月十二日指定)
笑巖和尚坐像一躰、寄木作りで彩色されている像下部の背後に「豊後国日田郡高瀬村圓通山普門禅寺開山笑巖大和尚御影当三十三年忌辰奉造立也応永十六年(1409)巳丒卯月十三日開眼仏師周防衆集州式部順成住持比丘〇〇〇〇〇(花押」の銘がある
年代の古さにおいては日田屈指の木彫である
   昭和四十九年三月


ほ~~という事は、この建物の中に市指定の重要文化財が展示してある?の?
が、笑巖和尚坐像は他の所に展示したあるようで。

笑巖和尚坐像 笑巖和尚坐像

久大本線光岡駅前、日田市北友田一丁目にある岳林寺。その境内にある郷土資料館内に展示されています。

下には説明文  説明文のアップ

説明文には
日田市指定有形文化財
  木造笑巖和尚坐像
 高瀬普門寺の開山笑巖和尚の頂相、応永十六年(1409年)和尚三十三回忌法要のときに作られたという墨書銘がある。一説では、普門寺は応保二年(1162年)日田郡司大蔵永宗によって創建されたとも伝える。

と書かれています。
木造の鷹はは約48センチ、幅は38センチと結構な大きさがあります。寄木造りで、元は彩色されていたようです。
像が安置されている岳林寺も大蔵氏の手によるものなのは明らか、普門寺も大蔵氏の手がかかっているようです。

建物の左には  池の跡

建物の左側には水の枯れた池の跡があります。
普門寺の庭は千利休の手によると伝えられているようで。

大小の祠が  整列

普門寺の境内には大小の祠があったり、石像が立ち並んでいたり。他にも石塔や何やらとにかく、ブツが多い。
しかし、目的の征西将軍宮の墓らしき石造物は見当たりません。。。
有料の観光施設じゃありませんから、境内の案内図とかもありませんし"(-""-)"

左へ行ってみよ  何かわざわざって感じのルート

中央付近は見たので、一度スタート地点に戻りキョロキョロとすると、左に奥へと行ける感じ。
進むとワザワザこちらへ誘導するかのような感じを受けます。
角を右に曲がると、お堂の裏に石灯籠があります。何やら只ならぬ感じ(@_@)

今回も、長くなったので今回はここまで。


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コメント

とりあえず読みました。
ご報告します。
[2020/09/11 03:36] URL | いいた くない #- [ 編集 ]


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